酵素阻害速度式 動力学パラメーター KmとVmaxの意味 阻害剤と酵素活性への影響
強く結合する阻害剤 付録  pdfファイルの

 阻害剤(inhibitors)は酵素と相互に作用し,その反応効率を低下させる合成物または天然に存在する化合物である1)。それらは代謝反応速度をコントロールするための医薬品として用いられたり(医薬品の47%は酵素阻害剤),酵素反応機構を理解するための道具としても用いられる。多くの有毒な化合物は酵素阻害剤で,生体に大きな影響を与えるため,抗生物質,農薬,除草剤などに使われている。一方,天然の生理的な阻害剤は生体調節や生体防御等のために働いている。阻害剤は異なる機構で酵素と相互作用するが,酵素反応速度論はこれらの機構を区別することのできる重要な手段となる。ここでは阻害機構の特徴や酵素反応速度式を導出し,さらに,阻害定数(解離定数)Kiを決定する方法を述べる。
1) Copeland, R. A., "Evaluation of Enzyme Inhibitors in Drug Discovery: A Guide for Medicinal Chemists and Pharmacologists." Wiley-Interscience, 2005.

以下の解説では次の略号を使用する。
E 酵素 S 基質 ES 酵素・基質複合体
I 阻害剤 EI 酵素・阻害剤複合体 P 生成物
[E] 全酵素濃度 [E]f 遊離の酵素濃度 [ES] 酵素・基質複合体濃度
[S] 基質初濃度 [S]f 遊離の基質濃度 k 反応速度定数
Km ミカエリス定数 Vmax 最大反応速度 Ki 阻害定数(EIの解離定数)

――ミカエリス・メンテンの式

 酵素(E)と基質(S)は速やかに反応して酵素・基質複合体(ES)を形成する。その速度定数はk1である。ついで,ESは速度定数k2で分解するか,速度定数kcatで反応産物Pになる。全過程は(1.1)のように表わされる。
(1.1)
以下,定常状態近似を用いて反応速度(v)を求めると,次のミカエリス・メンテン(Michaelis- Menten)の式が得られる。
(1.2)
ここで,Kmはミカエリス定数と呼ばれる。
(1.3)
Michaelis-Mentenの式(1.2)を図で表すと次のようになる。

図1 基質濃度と酵素反応速度の関係
【ミカエリス・メンテンの式の特徴】
・[S]≫Kmの場合: v=Vmaxとなり,反応速度は[S]に依存せず,0次反応になる。一般にVmaxは酵素濃度に比例するが,酵素濃度一定の条件で測定すれば,Vmaxは定数と見なせる。
Km≪[S]の場合: v=(VmaxKm)[S]となり,基質濃度に関して一次反応になる。



・最大反応速度Vmax: 1秒間に酵素が変化させうる基質のモル数で表され,酵素の作用回転数(turn over)という。
・ミカエリス定数Km: ミカエリス・メンテンの式(1.2)から,v=Vmax/2のとき,基質濃度[S]=Kmになる(図参照)。
一方,ESの解離定数をKS とすると,KSは次のように表される。
(2.1)
もし,ES→E+Pの反応が律速段階ならばk2kcat となり,(1.3)と(2.1)から,KmKSとなる。したがって,Km酵素と基質の親和性を表わすパラメーターと考えてよい。
 Km値が小さい程 ESの解離が起きにくく,すなわち,EとSが結合し易いことになる。一般に,EとSは極めて速い平衡にあり,k1k2kcatの条件は満たされていることが多い。

KmとVmaxの求め方――Lineweaver-Burkプロット】
Michaelis-Mentenの式(1.2)を変形すると,1/vと1/[S]のプロットは次のように直線となる。これをLineweaver-Burkの式という。
(2.2)
1/[S]に対して1/vをプロットすると,直線のX切片からKm,Y切片からVmaxが求まる。Vmaxは直線の傾き(=Km/Vmax)から求めてもよい。

図2 Lineweaver-Burkプロット
Lineweaver-Burkプロット以外に,Michaelis-Mentenの式を変形したいくつかのプロット法が知られている。
・Hanes-Woolfプロット
(2.3)



阻害の形式
拮抗阻害(Competitive Inhibition)
・阻害剤は基質と同じ部位に結合する阻害形式である。
・基質と阻害剤が活性部位を競って結合するため,Km値は大きくなるが,Vmaxは変化しない。
非拮抗阻害(Non-competitive Inhibition)
・阻害剤が活性部位とは異なる部位に結合して酵素の立体構造を変え,基質が生成物に変わるのを抑える阻害形式である。また、酵素基質複合体(ES)にも結合して阻害するため,基質濃度を高くしても阻害は解消されない。
・Vmaxが低下するが,阻害剤は直接活性部位に結合しないため基質の親和性に変化がなく,Km値は変化しない。
不拮抗阻害(Uncompetitive Inhibition)
・阻害剤が遊離の酵素とは結合せず,酵素基質複合体(ES)とだけ結合するような阻害形式である。
Km値とVmaxは両方とも変化する。
図3 酵素の阻害の仕組み
これらを式で示すと,図4のようになる。反応速度はそれぞれ右の式ようになる
拮抗阻害
(3.1)
非拮抗阻害
   α=1の場合 (3.2)

α<>1の場合。これを混合型非拮抗阻害(Mixed non-competitive inhibition)という。
(3.3)
不拮抗阻害
(3.4)
図4 酵素阻害のスキーム(左)と反応速度式(右)
Lineweaver-Burkプロットによる阻害様式の決定――弱い阻害剤に適用
阻害剤が存在するときのLineweaver-Burkの式は次のようになる。阻害形式はこのプロットで区別できる。
拮抗阻害 不拮抗阻害
非拮抗阻害 混合型
拮抗および非拮抗阻害ではLineweaver-Burkプロットの直線の傾きが大きくなるが,不拮抗阻害の場合は変化しない(表1)。阻害剤のあるなしでの直線の交点は次のような特徴がある(図5も参照)。
表1. Lineweaver-Burkプロットによる阻害様式の判定基準
拮抗阻害 非拮抗阻害
α=0
混合型非拮抗阻害 不拮抗阻害
α>0 α<0
Y軸上 X軸上 X軸の上方 X軸の下方 平行
 
図5 Lineweaver-Burkプロットによる阻害様式の判定
見かけのKmKmobs)からのKiの計算
拮抗阻害の場合,阻害剤はKmにだけ影響を与えるので,見かけのKmからKiを求めることができる。
(3.5)
2)Dixon, M., The Determination of Enzyme Inhibitor Constants. Biochem. J., 55, 170-171 (1953); Dixon, M., The graphical determination of Km and Ki. Biochem. J., 129, 197-202 (1972); Cornish-Bowden, A Simple Graphical Method for Determining the Inhibition Constants of Mixed, Uncompetitive and Non-Competitive Inhibitors. Biochem. J., 137, 143-144 (1974).
Dixonプロットによる可逆的阻害剤のKi値の決定
 [I]≫[E]の条件が当てはまるような,結合が弱い阻害剤の場合,Ki値の測定法としてDixon法2)がある。
【手 順】
 2つ以上の基質濃度で,種々の濃度の阻害剤を酵素に作用させて反応速度を測定する。Lineweaver-Burkプロットと同様に,[I]と1/vでプロットする。直線の交点がKi値である。不拮抗阻害の場合は[S]/vと[I]でプロットして交点からKi値を求める。
●1/vと[I]でプロット   ここで,S1<S2
図6A DixonプロットによるKi値の決定: 1/vと[I]でプロット
●[S]/vと[I]でプロット
図6B DixonプロットによるKi値の決定: [S]/vと[I]でプロット


(tight binding inhibitors)


強く結合する阻害剤のKi値の決定
酵素濃度に近い濃度([I]≒[E])を用いる必要があるような阻害剤ではDixonの方法は使えない。Morrison (1969)3)によって提案された阻害の一般式(4.15)は,酵素と強く結合する阻害剤の場合に適用できる。Morrisonの式は,阻害剤濃度[I]と酵素活性比 fractional enzymatic activity (vi/v0)の関係を示す。
(4.1) Morrisonの式
3)Morrison, J.F., Kinetics of the reversible inhibition of enzyme-catalysed reactions by tight-binding inhibitors. Biochim Biophys Acta, 185, 269-286 (1969)
【手 順】
 一定濃度の酵素および基質に対して,種々の濃度の阻害剤を作用させ,酵素活性比を計算する。非線形curve-fitting法によって,見かけのKiKiapp)が求まる(図7)。付録を参照。
図7 Morrisonの式を用いるcurve-fitting
見かけの解離定数Kiappから真の解離定数Ki を求めるには,次の式を用いる。
拮抗阻害: (4.2)
非拮抗阻害: (4.3)
ここで,α=1ならば,
不拮抗阻害: (4.4)
Hendersonプロット
Henderson(1972)4)はMorrisonの式を直線の式に直し,グラフの直線の傾きからKiを導けることを示した。Hendersonの一般式は次のようになる。
(4.5)
図8 Hendersonプロット
4)Henderson, P. J. F., A linear equation that describes the steady-state kinetics of enzymes and subcellular particles interacting with tightly bound inhibitors. Biochem. J., 127, 321-333 (1972).
【手 順】
 一定濃度の酵素および基質に対して,種々の濃度の阻害剤を作用させ,酵素活性比を計算する。
式(4.5)より,v0/viに対して[I]/(1-vi/v0)をプロットすると,直線の傾きがKiapp,Y切片が酵素濃度[E]となる(図8)。
 Hendersonの方法はコンピュータを使用しなくて済むが,式の両辺にv0が入っているためv0の正しい測定値が必要になる。v0が不正確な場合はvi値が正しくても計算値が大きくずれ,直線にならなくなる可能性が示唆されている(Henderson, 1973)。
 Hendersonプロットによる阻害様式の判定は,基質濃度を増加した時の直線の傾きの変化で調べる(図9)。拮抗阻害では[S]の増加に伴い傾きも増加,不拮抗阻害では減少する。非拮抗阻害では傾き(=Ki)は基質濃度に影響されない。
図9 Hendersonプロットによる阻害様式の判定
解離平衡定数を用いるKiの簡便測定法
 今,同じモル濃度の酵素と阻害剤(例えば,最終濃度 4×10−7 Mとする)を混ぜて残存活性を測定した時,vi/v0が0.06だったとする。酵素の残存活性が 6%なので,94%は酵素-阻害剤複合体で存在する(図10)。

となる筈。解離平衡定数は次のようになる。おおよその値を見積もるのには使える。

図10 解離平衡定数を用いる方法


非線形解析法による見かけのKiKiapp)の計算
Morrisonの式を使ったcurve-fittingにより,見かけの解離定数Kiappを求めます。使うツールとしてMicrosoft Excelが必要です。また,Excelのsolver機能を利用しますので,前もってアドインしておいてください。
【手 順】
 (1) 酵素濃度一定の条件で,種々の濃度の阻害剤を加えることによる反応速度を測定する。
 (2) 阻害剤がないときの反応速度をv0,阻害剤を加えたときの反応速度をviとし,vi/v0を計算する。
 (3) Kiapp値を適当に設定してMorrisonの式でvi/v0を計算する。この値をCalculated vi/v0とする。
 (4) 全てのデータの実測のvi/v0とCalculated vi/v0の差の二乗値の総和を計算する。
 (5) Kiapp値を設定しなおして,上記の差の二乗値の総和が最小になるようにする。この段階でsolver機能を利用する。
 (6) 差の二乗値の総和がsolver機能で設定した収束値以下になるまで,再計算する。その時のKiapp値が求める値である。
Excelを使った計算例。
以下,curve-fittingの例を示す。このExcelファイルはここをクリックするとダウンロードできます。適当に名前をつけて保存後,お使いください。使い方はこの図の下に示します。

1) 酵素濃度(μM),阻害剤濃度(μM),vi/v0を入力する。
2) Kiapp値を適当に設定する。初期値は0.1 μMとしていますが,もっと大きな数値にしても構いません。全てのデータの実測のvi/v0とCalculated vi/v0の差の二乗値の総和がSum of squaressのセルに表示されています。右図の阻害曲線のデータ点のうち,大きく外れているものは,表の右端のデータ処理のセルに0を入力してください。
3) solver機能を立ち上げ,図のように設定します(@〜B)。
4) 実行を押すと1回目の計算が行われます。Sum of squaressのセルの数値が変化すると同時にKiapp値が変化します。右図の阻害曲線の曲線がデータ点に近づいていればOKです。
5) 何度か実行を押して,Sum of squaressのセルの数値が下がらなくなれば終りです。その時のKiapp値が求める値です。
6) 閉じるを押し,データを別名で保存して終了してください。
 参考までに,下のほうに,Hendersonの式を用いて線形解析したデータも載せています。上の数値と連動して変化します。