バイオリアクター素子 工業的利用 分析、計測への応用

 生体内の化学変化は酵素で触媒される。その機構を有用物質生産や分析に利用するシステムをバイオリアクター(bioreactor)という。バイオリアクターの中心となるのは不溶性の担体に結合させた固定化酵素である。これによって,触媒となる酵素と生産物を容易に分離することができる。固定化酵素は,研究,医療,分析,産業に広く利用されている。

 化学反応を行わせるバイオリアクターの中枢部分は反応素子である。反応素子は,原料を製品に変換したり、化学変化を利用して分析に利用したりするデバイスを指し,精製した酵素,オルガネラあるいは細胞そのものが用いられる。
分子識別素子 固定化法
結合法 包括法
単一酵素 酵素タンパク質
補酵素
複合酵素系
オルガネラ
細胞 微生物
植物細胞
動物細胞



×
×
×
×






分子認識能をもつ生体物質
生体物質 認識される分子
酵素
補酵素
抗体
結合タンパク質
レクチン
ホルモン受容体
基質,基質類似物,阻害剤
アポ酵素
抗原,抗原類似物
ビオチン,レチナール
糖,糖タンパク質,糖脂質
ホルモン
反応素子はリアクター中に留まり、反復使用が可能なものでなければならないので,反応素子は種々の方法で固定化される。
バイオリアクターの概念
反応素子(生体触媒)の固定化法
固定化に用いる担体や架橋,包括剤の種類としては,次のようなものがある。
担体結合法 多糖(セルロースアガロース),無機物質(多孔質ガラス,金属酸化物)
合成高分子(ポリアクリルアミド,ポリスチレン樹脂)
架橋法 OHC-(CH2)3-CHO (グルタルアルデヒド)
O=N=C-(CH2)3-C=N=O
包括法 多糖(アルギン酸,カラギーナン),ポリアクリルアミド,ENT,PU,ナイロン
アルギン酸(分子量5〜20万) κ-カラギーナン(分子量10〜80万)

ENT

PU
アクリルアミド
代表的な包括剤の化学構造
《一言》
アルギン酸は昆布などに含まれる多糖類で,可食性であるため,いくつかの食品に利用されている。

(左)人工種子,(右)人工イクラ

固定化酵素
 1969年,固定化アミノアシラーゼを用いて,L-アミノ酸の工業的製造が世界に先駆けて日本で成功し,製造コストの低減や迅速な大量生産が可能になった。
   アミノアシラーゼを用いるL-アミノ酸の合成反応
固定化アミノアシラーゼによるL-アミノ_の連続製造装置と製造コスト
固定化微生物
 一般に,酵素は精製するのにかなりのコストがかかり,また,精製された酵素は不安定なことが多い。従って,固定化酵素はまだまだコストの点で改善の余地があった。そこで,精製した酵素の代りに,目的の酵素を含む微生物をそのまま固定化して用いることが考えられた。
 アスパルターゼを含む微生物を固定化して,L-アスパラギン酸を製造することに成功した。次いで,このプラントでつくられるアスパラギン酸を原料として,連続的にL-アラニンを製造することが可能となった。
フマル酸とアンモニアを原料とした
L-アスパラギン酸とL-アラニンの合成反応
固定化E.coli (大腸菌)によるL-アスパラギン酸および
Pseudomonas dacunhae菌によるL-アラニンの連続製造装置
バイオリアクターによる有用物質の製造
 その後,種々のバイオリアクターを利用して有用な物質を低コストで迅速に生産することが可能になった。

固定化生体触媒の工業的利用例
生産物 固定化触媒 基質(原料) 工業化年次
L-アミノ酸
異性化糖
L-アスパラギン酸
6-アミノペニシラン酸
L-リンゴ酸
低乳糖ミルク
L-アラニン
アクリルアミド
パラチノース
フラクトオリゴ糖
カカオバター様油脂
D-アスパラギン酸
マルトオリゴ糖
ラガービール
乾燥卵白
無苦味果汁
清澄ビール
脂肪酸
ステロイド類
ATP
核酸系調味料
ワイン,日本酒
酢酸
クエン酸
アミノアシラーゼ
グルコースイソメラーゼ
アスパルターゼ(菌体)
ペニシリンアミラーゼ
フマラーゼ(菌体)
ラクターゼ
L-Asp b-脱炭酸酵素(菌体)
ニトリルヒドラターゼ(菌体)
a-グルコシルトランスフェラーゼ(菌体)
b-フルクトフラノシダーゼ(菌体)
リパーゼ
L-Asp b-脱炭酸酵素(菌体) 
マルトオリゴ糖生成酵素
ビール酵母
グルコース酸化酵素
ナリンジナーゼ
パパイン
リパーゼ
脱水素酵素(菌体)
アセテートキナーゼ
ホスホジエステラーゼ
酵母
酢酸菌
黒かび
アセチル-DL-アミノ酸
グルコース
フマル酸
ペニシリンG
フマル酸
牛乳
L-アスパラギン
アクリロニトリル
ショ糖
ショ糖
植物油
DL-アスパラギン酸
液化デンプン
若ビール
卵白
天然果汁
若いビール
植物油
その前駆体
ADP
酵母核酸
果汁,米もろみ
エタノール
グルコース
1969
1973-75
1973
1973
1974
1977
1982
1985
1985
1985
1988
1988
1991
1991
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
固定化酵母を利用したビールの製造(フィンランド)
固定化生体触媒による有機化合物の合成の例
固定化生体触媒による天然有機物の変換
  酵素が分子を識別できる機能と,物理化学的測定機器を組み合わせると,種々の物質を検出・定量することができる。たとえ目的の物質に似た化合物を含む混合物でも,目的の化学物質だけを調べることができる。⇒工業プロセス、医療、環境分析に利用されている。
 分析のしくみから,次のようなものがある。
オートアナライザー: 反応を光学的に追跡する方法
バイオセンサー: 反応を電気的に追跡する方法
    酵素センサー,微生物センサー,酵素免疫センサー,半導体バイオセンサー,酵素サーミスターなどがある。
オートアナライザー
固定化酵素を用いて化学反応を光学的に追跡する方法で,多くの試料を連続的に分析するシステムで,分析を自動的できる。
オートアナライザーのしくみ
固定化ウリカーゼカラムを用いるオートアナライザーによる血中尿酸の自動分析
 オートアナライザーは,臨床検査の分野で用いられている。

バイオセンサー
酵素電極(酵素センサー)
 固定化酵素を電極と組み合わせ、電気的信号として物質を定量する方法である。1962年にClarkらによって,グルコースを電気的に定量する方法として最初の酵素センサーが試作された。当時は酵素の良い固定化法がなかったため,透析膜にいれたグルコース酸化酵素(glucose oxidase)を酸素電極に取り付けるという工夫で酵素を閉じ込めた。グルコースは酸素で酸化されてd-グルコノラクトンに変わる。この時,過酸化水素が生じる。この電極では,酸素の消費量を測定することで,試料中のグルコース濃度を求める。
グルコース酸化酵素を用いるグルコース電極
(L. C. Clark et al. 1962)

微生物センサー
  酵素は一般に高価で不安定。一方,微生物はこれらの欠点がなく細胞内の複合酵素系,補酵素,エネルギー生産系がそのまま利用できる。そこで,微生物そのものを生存状態で電極に装着し,分析に利用する方法を微生物電極または微生物センサーと呼ぶ。これには次の2つのタイプがある。
 a) 微生物の呼吸活性を指標とする電極(アンペロメトリー法)
 b) 微生物の代謝反応で生成する電極活性物質を指標とする電極(ポテンシオメトリー法)
アンペロメトリー法 ポテンシオメトリー法
半導体バイオセンサー
小型のバイオセンサーは体内留置用や人工臓器に利用できる。この目的のために,水の中でも機能するトランジスターが開発されている。
イオン感受性電界効果型トランジスター(ISFET)
酵素サーミスター
 固定化酵素と熱量測定装置を組み合わせたもの。酵素反応に伴う熱の出入りを温度検知素子で計測し,物質の定量に用いる。用途は広い。
酵素 基質 発熱量(kJ/mol)
乳酸脱水素酵素
グルコース酸化酵素
コレステロール酸化酵素
ウリカーゼ
カタラーゼ
ヘキソキナーゼ
トリプシン
アスパラギナーゼ
ウレアーゼ
ペニシリナーゼ
ピルビン酸Na
グルコース
コレステロール
尿酸
過酸化水素
グルコース
Bz-L-Arg-NH2
L-アスパラギン酸
尿素
ペニシリンG
44.4
80.0
52.9
49.1
100.4
27.6
27.8
23.9
6.6
67.0
【参考文献】
 「化学増刊119 ハイブリッドプロセスによる有用物質生産」 化学同人
 「バイオリアクター」福井三郎編、バイオテクノロジーシリーズ、講談社
 「固定化酵素」千畑一郎編、講談社サイエンティフィック