ホルモンとは ホルモンの種類 脂溶性ホルモン 水溶性ホルモン 血糖レベルの維持


 我々は,様々な環境変化に対応するための体内調節システムとして,次の3つをもっている。
   神経系による調節: 神経伝達物質が関与
   ホルモン/増殖因子系による調節: ホルモンや増殖因子が関与
   免疫系による生体防御: 抗体やサイトカインが関与
 ホルモンは,短期および長期にわたる多くの体内調節系として重要なもので,種々の代謝経路を調節する分子である。ホルモン(hormone)という言葉は,ギリシャ語のhormaein (興奮させるの意)に由来する。ホルモンは, @ 特定の細胞でつくられ,A 血流で標的臓器に運ばれて,B ホルモン特異的標的臓器(細胞)に作用して特定の応答を引き起こす物質と定義される。標的臓器には特異的なホルモン受容体(receptor)が存在し,微量(10-12〜10-16 M)のホルモンで十分な作用を発揮する。ビタミンと同様に,ホルモンには欠乏症があるが,過剰症もある点でビタミンと異なる。ホルモンの合成は精細なフィードバック調節機構に従うため,血液中の濃度は通常,一定に保たれる。
 増殖因子(growth factor)はホルモンに似ているが,ホルモンが内分泌型であるのに対して,増殖因子は通常,パラ分泌型で,その作用は近傍の細胞に限定される。インシュリンはホルモンの定義に当てはまるが,多くの細胞に対して増殖促進作用を持つなど,ホルモンと増殖因子のの区別はややあいまいなため,両者を同等に扱う場合もある。

内分泌(endocrine) パラ分泌(paracrine) 自己分泌(autocrine)
三つのタイプの分泌細胞



 ホルモンを合成・分泌する臓器は多岐にわたる。 一方,化学構造で分類すると,ホルモンは次の3群に分かれる。
   ペプチド・タンパク質系ホルモン
   ステロイド系ホルモン
   アミノ酸誘導体系ホルモン
ホルモン 分泌器官 機能
ポリペプチドホルモン
副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)
性腺刺激ホルモン放出因子(GnRF)
甲状腺刺激ホルモン放出因子(TRF)
成長ホルモン放出因子(GRF)
ソマトスタチン
甲状腺刺激ホルモン(TSH)
成長ホルモン(GH, ソマトトロピン)
エンケファリン,bエンドルフィン
副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)
濾胞刺激ホルモン(FSH)
黄体形成ホルモン(LH)

メラノサイト刺激ホルモン(MSH)
バソプレッシン
オキシトシン
絨毛性性腺刺激ホルモン(CG)
グルカゴン
インシュリン
ガストリン
セクレチン
コレシストキニン(CCK)
胃抑制ペプチド(GIP)
副甲状腺ホルモン
カルシトニン
ソマトメジン
視床下部
視床下部
視床下部
視床下部
視床下部
腺下垂体
腺下垂体
腺下垂体
腺下垂体
腺下垂体
腺下垂体

正中隆起
神経下垂体
神経下垂体
胎盤
膵臓A(a)細胞
膵臓B(b)細胞

十二指腸
十二指腸
小腸
副甲状腺
甲状腺
肝臓
ACTHの放出促進
FSHとLHの放出促進
TSHの放出促進
成長ホルモンの放出促進
成長ホルモンの放出抑制
T3とT4の放出促進。[チロトロピン]
成長とソマトメジン合成促進
中枢神経系の鎮痛効果
副腎皮質ホルモンの放出促進。[コルチコトロピン]
濾胞成長,エストロゲン合成促進,精子形成促進
卵母細胞の成熟,濾胞のエストロゲンとプロゲステロン
合成促進,精巣のアンドロゲン合成促進
色素細胞のメラニン合成促進
腎臓の水再吸収促進,血圧上昇
子宮収縮
黄体のプロゲステロン合成促進
血糖上昇(グリコーゲン分解),脂肪分解
血糖降下,グルコース取り込み,脂肪合成
胃酸とペプシノーゲン分泌促進
膵臓のHCO3-の分泌促進
胆嚢収縮,膵臓の酵素とHCO3-の分泌促進
胃液分泌,胃の収縮抑制,インスリン分泌促進
骨,腎臓,小腸から血液へのCa2+取り込み促進
骨,腎臓からのCa2+取り込み促進
軟骨成長促進,インスリン様作用
ステロイドホルモン
グルココルチコイド類
ミネラロコルチコイド類
エストロゲン類(発情ホルモン)
アンドロゲン類(男性ホルモン)
プロゲスチン類(黄体ホルモン)
ビタミンD
副腎皮質
副腎皮質
生殖腺と副腎皮質
生殖腺と副腎皮質
卵巣,胎盤
(食事と光)
各種代謝に作用,炎症軽減,ストレス耐性増加
塩濃度と水のバランス維持
女性二次性器の成熟と機能
男性二次性器の成熟と機能
月経周期と妊娠維持
小腸,腎臓,骨からのCa2+吸収促進
アミノ酸誘導体ホルモン
アドレナリン(エピネフリン)

ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)
トリヨードチロニン(T3)
チロキシン(T4)
インドール,セロトニン,メラトニン
副腎髄質

副腎髄質
甲状腺

松果腺
血圧上昇,平滑筋収縮/弛緩,肝・筋での解糖促進
脂肪組織での脂肪分解促進
小動脈の収縮促進,抹消循環抑制,脂肪分解促進
代謝促進

神経伝達
   ホルモンにも神経伝達物質にも分類できないものをホルモン様物質(autacoid)という。
プロスタグランジン(PG),トロンボキサン,ロイコトリエン→赤血球以外の全ての組織でつくられ,パラ分泌信号として作用。
 植物にもホルモンがある。
エチレン,アブシジン酸,オーキシン,サイトカイニン,ジベレリンの5つで,植物の発芽,成長,開花に微量で効果を発揮する。
エチレン アブシジン酸 インドール酢酸
(オーキシン)
ゼアチン
(サイトカイニン)
ジベレリン酸
(ジベレリン)
 ホルモンの作用は,標的臓器の細胞に存在する受容体を介して発揮される。水溶性ホルモンの受容体は細胞膜に存在するが,脂溶性のホルモンは受容体が細胞内(細胞質や核)にある。
ホルモン受容体の所在
(a) 核・細胞質受容体 (cytosol receptors)…いずれも脂溶性ホルモン
(a)核・細胞質受容体と,(b)細胞膜受容体
ステロイドホルモン,甲状腺ホルモン,プロラクチン
(b) 細胞膜受容体 (membrane receptors)…いずれも水溶性ホルモン
・信号の伝達にアデニル酸シクラーゼを介するもの
 TSH, ACTH, LH, FSH, PTH, グルカゴン, TRH ,バソプレッシンほか
・信号の伝達にアデニル酸シクラーゼを介さないもの
 インシュリン,プロラクチン,ソマトスタチン,GHほか



脂溶性ホルモンには,
ステロイドホルモン→コレステロールから合成される
性ホルモン: 黄体ホルモン,卵胞ホルモン,男性ホルモン
グルココルチコイド: コルチゾール,コルチコステロン
ミネラルコルチコイド: アルドステロン
甲状腺ホルモン→チログロビンから合成される
トリヨードチロニン(T3)とチロキシン(T4)
などがある。
ステロイドホルモンは,全てコレステロールを原料にしてつくられる。コレステロールの約80%は食べ物に由来し,血液中で高密度リポタンパク質(high-density lipoprotein, HDL)に結合して運ばれる。細胞内でコレステロールはミトコンドリアに運ばれ,酵素的に酸化されてプレグネノロンに変えられる。次いで,プレグネノロンは小胞体でプロゲステロンに変えられ,さらに種々のステロイドホルモンに変化する。
ステロイドホルモンの生合成経路
 脂溶性ホルモンや脂溶性ビタミンなどは細胞膜を自由に通過し,標的遺伝子の転写を制御する核の受容体(グルココルチコイドのみ細胞質受容体)に結合する。受容体は,転写制御因子を兼ねているので,特定の遺伝子の転写を促進する。

  脂溶性ホルモンの作用メカニズム



水溶性ホルモンには,
ペプチド系ホルモン
タンパク質系ホルモン
カテコールアミン
プロスタグランジン系ホルモン
などがある。これらのホルモンは,細胞膜に存在する受容体と結合して作用を発揮する。細胞内へのホルモン情報伝達には,4つのタイプがある。

[水溶性ホルモンの細胞膜を介しての情報伝達]

1 アデニル酸シクラーゼ系
 環状AMP(cyclicAMP)が情報を伝達。A-kinaseが作用分子。

2 イノシトールリン脂質系
 イノシトールリン脂質の代謝回転で生じる物質やCa2+が情報伝達。
 PLCやC-kinaseが作用分子。
3 チロシンキナーゼ系
 受容体自体がリン酸化酵素。リン酸化カスケードで情報を伝達。
4 グアニル酸シクラーゼ系
 環状GMP(cyclicGMP)が情報を伝達。G-kinaseが作用分子。


 ホルモンは生体内の種々の現象を制御するが,その例として,ホルモンによる血糖レベルの維持について述べる。
 グルコースは全ての細胞にとって最も重要なエネルギー源である。例えば、脳はケトン体を除けば、グルコースが唯一のエネルギー源で、グルコースの約20%を消費する。筋肉や腎臓の機能遂行にもグルコースは欠かせない。血糖(血中グルコース)を一定の濃度(約5 mM)に保つのは肝臓の重要な機能の一つである。運動や食後の時間経過で血糖値がこのレベルよりも低下すると肝臓は血液にグルコースを放出する。
 細胞へのグルコースの取り込みはインシュリン(insulin, ホルモンの1つ)により制御されている。一方、肝臓からのグルコース放出過程を制御するのは別のホルモンであるグルカゴン(glucagon)に依存する。

グルコース放出(血糖の上昇)
1. グルコース濃度が低下すると膵臓(pancreas)のa細胞がグルカゴンを血液に分泌する。
2. 肝細胞表面のグルカゴン受容体(glucagon receptor)にグルカゴンが結合する。
3. 受容体と共役したアデニル酸シクラーゼ(adenylate cyclase)が活性化される。この酵素はATPからcAMP(cyclic AMP)をつくる。
通常,GaにはGDPが結合。ホルモンが受容体に結合すると受容体の構造が変化。
受容体がGタンパク質のGbgに結合。
Gaに結合していたGDPがはずれ,代りにGTPが結合。GaがGbgから解離。
GaがACに結合してACを活性化。
ACはATPからcAMPを合成。GaがGTPを分解してGDPに変える。
4. 細胞内のcAMP濃度が増すと、グリコーゲン分解が促進され、細胞内のグルコース 6-リン酸濃度が高くなる。同時に,グリコーゲン合成は抑制される。(逆調節機構
5. グルコース 6-リン酸は細胞膜を通れないが、グルコース は肝臓の主たるエネルギー源ではないのでグルコース-6- ホスファターゼ(glucose-6-phosphatase)によってグルコース 6-リン酸をグルコースに分解する。
 グルコース 6-リン酸 + H2O → グルコース + リン酸
6. 生じたグルコースは血液に入り血糖を上昇させる。
なお、筋肉や脳細胞にはグルコース-6-ホスファターゼがないので細胞内のグルコース 6-リン酸は外に逃げない。
細胞内へのグルコースの取り込み(血糖の低下)
1. 食物中のデンプンなどが消化されると血糖が上昇する。
2. 血糖値が高いとグルカゴン濃度が下がり、代りに、膵臓 のb細胞からインシュリンが分泌される。
3. 多くの細胞は血液中のインシュリンに応答してグルコース の取り込み速度が高くなる。
4. インシュリンに対する応答の場合、細胞内のcAMP濃度が下がり、グリコーゲンの代謝は分解(異化)から合成(同化)に切り替わり(逆調節機構)、細胞に取り込まれたグルコースはグリコーゲンに変えられる。

 インシュリンの作用機構は極めて複雑であるが、ホスホプロテインホスファターゼ-1 (phosphoprotein phosphatase-1)が標的酵素の1つである。インシュリンはインシュリン依存性プロテインキナーゼ(protein kinase、タンパク質のリン酸化を触媒する)を活性化し、これがさらにホスホプロテインホスファターゼ-1をリン酸化して活性化する。これがさらにグリコーゲン合成に関わる酵素を脱リン酸化してグリコーゲン分解を抑え(グリコーゲン分解系の酵素は脱リン酸化型は不活性)、グリコーゲン合成を促進する(グリコーゲン合成酵素glycogen syntaseは逆に脱リン酸化型が活性型)。
筋肉においては、インシュリンとアドレナリン(adrenalin)は逆の効果を及ぼす。アドレナリンはcAMP依存性タンパク質キナーゼ(cAMP-dependent protein kinase, 略称A-kinase)を活性化し、グリコーゲン分解を促進し、グリコーゲン合成を抑える。
グリコーゲン分解の促進と合成の抑制→逆調節機構(counter regulatory mechanism)
 cAMPはcAMP依存性タンパク質キナーゼ(A-kinase)を活性化し細胞内イベントを誘起する。活性型A-kinaseは,活性型グリコーゲン合成酵素をリン酸化して不活性型に変え,グリコーゲン合成を抑制する[同化作用を低下]。
 一方,A-kinaseは,不活性型のホスホリラーゼキナーゼ(phosphorylase kinase)をリン酸化して活性型に変える。活性化されたホスホリラーゼキナーゼは,さらに不活性型グリコーゲンホスホリラーゼ(glycogen phosphorylase)をリン酸化して活性型に変える。この酵素はグリコーゲンに作用し,グリコーゲンからグルコース 1-リン酸を切り出す[異化作用を増加]。グルコース 1-リン酸はグルコース 6-リン酸に変えられて代謝される。肝臓ではさらにグルコースに戻される。