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抗原と抗体 補体 免疫系の細胞と働き 抗体産生の理論 免疫化学的手法

免疫(immunity)とは 「疫すなわち病気を免れる」という意味である。感染性の疾病に一度かかると,同じ病気には抵抗性を示すといった現象を指す。このためには、自己にとっての異物(細菌・ウイルス・癌細胞など)を認識し、これをを攻撃・排除することが要求される。

免疫小史

・古代ギリシャの"Peloponnesus戦史"にも、免疫に関する現象の記載がある。
・古代中国やアラビアの人痘接種(variolation)の実施。危険の多いものだった。
・E. Jenner (1796年): 牛痘(cow pox; vaccinia)接種法→接種法(vaccination)。
・L. Pasteur (1881年): 炭疽病のワクチン。狂犬病の予防接種(1885年)⇒免疫の概念を提唱。ワクチン(vaccine)の用語。
・E. Metchnikoff (1884年): 免疫の細胞説。遊走性の食細胞が生体防御力の基礎
  ⇒細胞性免疫(cellular immune response) の概念
・E. von Behringと北里柴三郎 (1890年): 抗毒素説。ジフテリアや破傷風の抗毒素を発見
  ⇒液性免疫(humoral immune response)
・P. Ehrlich (1891年): 抗体(antikorper、英語ではantibody)の用語。
・Bordet (1895年): 補体(complement)を報告。補体と命名したのはEhrlich。
凝集反応の発見(1896年)、沈降反応の発見(1897年)。
・P. Ehrlich(1900年): 抗体産生の機序として"側鎖説"を提唱。
・Landsteiner (1900年): ABO血液型を発見。
・MN型(1927年),P型(1927年),Rh型(1940年)の発見。
・Heidelberger (1937年): 超遠心法で2種の抗体の存在を確証。→7S (IgG)と19S (IgM)抗体分子。
・Kabat (1937年): 血清の電気泳動
・Mayerら (〜1948年): 溶血(菌)反応における補体の古典的経路(classical pathway)を解明。
・Dausset (1952年): 白血球抗原の研究→ヒト組織適合抗原(HLA)の解明へ。
・Pillmer (1954年): プロパージンを発見→補体の副経路(alternative pathway)の存在を示唆。
・Edelman (1958年): 免疫グロブリンIgGの分子構造解明。
・石坂ら(1966年): 喘息,ジン麻疹,食餌性アレルギーの原因となる免疫グロブリンE (IgE)を発見。
凝集反応と沈降反応
抗原が粒子状の場合を凝集反応,可溶性抗原の場合を沈降反応という。
沈殿の量は,抗原と抗体の量比が最適の場合に最大となる。
側鎖説
1つの細胞表面には多くの側鎖がある。そのうち抗原と結合できたものが
細胞内で過剰生産され,細胞外へ放出され,これが抗体となる。
赤血球の血液型抗原

抗原と抗体

天然および人工抗原の解析から、低分子化合物(これ自体は抗原とならず)でも高分子に結合させると抗体がつくれる。このような低分子化合物部分をハプテン(hapten)という⇒抗原決定基の概念へ
ハプテンと抗原決定基の概念
A, A', A"が抗原決定基。抗体1はAに,抗体2は A'に,抗体3はA"に特異的。
抗原(antigen): 抗体を作らせることのできる物質の総称。
抗体(antibody): 抗原と特異的に結合するタンパク質⇒免疫グロブリン(immunoglobulin)という
抗原決定基(determinant): 抗体によって認識される抗原分子の特定の部位
   血清中の抗体は不均一。多数の抗原決定基に対する莫大な数の免疫グロブリンが存在。
ヒト血清の電気泳動
抗体は グロブリン分画に存在
免疫グロブリンの分子構造
免疫グロブリンIgGはH鎖とL鎖から成る。
  IgGH鎖 + L鎖
免疫グロブリンをパパイン消化→免疫グロブリンは分子的に不均一
  IgG2 Fab + Fc
   Fab: antibody binding(不均一)
   Fc: crystallizable(均一)
5つのクラスの免疫グロブリンの性質
クラス IgG IgM IgA IgD IgE
サブクラス G1,G2,G3,G4 - A1,A2 - -
沈降係数 7S 19S 7S 7S 8S
電気泳動 g-a1 g g-b g g
割合 85% 5-10% 20% <1% <0.01%
分子量 15,000 970,000 160,000
390,000
(分泌型)
180,000 180,000
H鎖分子量 50,000 70,000 64,000 68,000 75,500
H鎖 g1,g2,g3,g4 m a1,a2 d e
L鎖 k, l k, l k, l k, l k, l
構成 H2L2 (H2L2)5
or(H2L2)6
H2L2
or(H2L2)2/3
H2L2 H2L2
古典経路の補体活性化 + + - - -
免疫グロブリンG (IgG)のドメイン構造(左)と立体構造(右)

補体

Bordet (1895年)は、溶菌現象には抗体以外の易熱性の因子が必要と報告した。Ehrlichはこの因子を補体(complement)と命名した。補体は、血液中に存在する約20種の易熱性のタンパク質からなる複雑な反応系で、溶菌作用、オプソニン作用、貪食細胞の感染部位への集合を促進するなどの機能をもつ。補体系のタンパク質は非動化の条件(56℃,15分)で完全に失活する。
補体の成分とはたらき
補体成分の種類と諸性質
溶血(菌)反応における補体の作用機序はMayerら (〜1948年)によって解明された。⇒古典的経路=C1〜C9の一連の反応による。
補体第1成分C1qrsの構造とIgGとの結合
抗原に抗体(IgG, IgM)分子が結合すると抗体の立体構造が変化し,抗体のFc部に補体C1の1qが結合。これにより,活性化されたC1qがC1sを限定分解して活性化する。
古典的経路による細胞膜の損傷 補体第5〜9成分による細胞侵襲複合体(MAC)の形成と細胞の破壊
段階I で活性化されたC1sはC4とC2を限定分解して活性化。生じたC4bとC2aは複合体をつくり,C1複合体の近くの膜に結合(段階II)。C2aはC3を限定分解して活性化し,C3bと結合。C3bはC5を限定分解して活性化。C5bは近くの膜に結合するとともに,C6〜C9を呼び寄せる。C5〜C9は膜を貫通する複合体を形成することで標的細胞膜に大きな穴があく(段階III)。
一方、酵母の細胞壁多糖類と反応する易熱性の血清タンパク質プロペルジン(B因子)の存在が示され、C1、C4、C2とは無関係に、C3の活性化からはじまる補体活性化反応が知られるようになった。この経路を補体の副経路(alternative pathway)という。⇒非特異的生体防御系(補体系の起源としてはこちらが先)。さらに,細菌細胞壁のマンノース糖鎖にMBL(マンノース結合レクチン)が結合し,それにMASP(MBL associated serine protease)-1と-2が結合してC1様の複合体を形成し,これがC4の分解を引き起こし,後は古典的経路と同じ反応経路をたどるレクチン経路が知られている。3つの経路はC3で合流する。
補体系の機能と生物活性物質
古典的経路と副経路はC3で合流
補体の3つの働き(まとめ)
@細胞溶解: 古典的経路が関与。
A免疫細胞の活性化
 Bb: マクロファージを活性化
 C3a, C5a: 好中球の走化(chemotaxis作用,炎症部位へ食細胞を
 呼び寄せる)。肥満細胞を活性化(anaphylatoxin作用)。
B免疫粘着反応とオプソニン効果
 C3b: 菌体表面に結合(C3bコーティング)
 →オプソニン効果で貪食を助ける。
 C3b: 抗原抗体複合体を赤血球や血小板に付着させる(免疫粘着)。
C3は分子量19万で、2本鎖からなる糖蛋白。補体成分の中では最も高濃度に存在。肝臓、単球、マクロファージで産生。
補体成分C3bによるオプソニン効果
C3bは菌体表面に粘着(C3bコーティング)。
C3b受容体(補体受容体,CR1)をもつ食細胞が菌体に結合し,貪食。
貪食作用を受けやすくする効果をオプソニン効果という。
補体系の制御
補体系は異物細胞のみを破壊し、同種細胞を決して破壊しない→同種補体を制御する制御因子が血漿中や同種細胞膜に存在するため。
@可溶性制御因子
 C1インヒビター(C1INH),I因子,H因子,C4結合蛋白質(C4bBP),
 S protein (Vitronectin)など
A膜補体制御因子
 CR1(補体受容体1/ CD35),DAF(decay accelerating factor/CD55),
 MCP(membrane cofactor protein/CD46),CD59 [GPIアンカー]
 
補体制御蛋白質
タンパク質 存在 機能
C1 INH 血漿 活性型C1の解離,C1s, C1rの阻害
C4結合蛋白質 (C4BP) 血漿 C3転換酵素の解離,I因子のcofactor
Properdin 血漿 C3bBbやC3bBb3bの安定化(膜上)
H因子 血漿 副経路C3転換酵素の解離,I因子のcofactor
I因子 血漿 C4bとC3b分解(セリンプロテアーゼ)
serum proteases 血漿 anaphylatoxinsの不活性化
S protein (vitronectin) 血漿 可溶性C567の膜への結合阻害
補体受容体1(CR1) 細胞膜 C3転換酵素の解離,I因子のcofactor
DAFa) (CD55) 細胞膜 C3 and C5転換酵素の解離,I因子のcofactor
MCPb) (CD46) 細胞膜 I因子のcofactor
HRFc) (C8BP, MIP) 細胞膜 MAC形成を阻害
protectin (CD59) 細胞膜 C8に結合しMAC形成を阻害
a) Decay accelerating factor. b)Membrane cofactor protein. c) Homologous restriction factor

CD59のはたらき

免疫系の細胞と働き

免疫細胞の種類と役割
血液中の全ての細胞は,骨髄中の全能性造血幹細胞から生じる。幼若な免疫細胞が成熟・分化する臓器を1次リンパ器官,免疫現象の最前線となる臓器を2次リンパ器官という。
主要リンパ器官
1次リンパ器官 2次リンパ器官
骨髄

胸腺
全細胞の源
顆粒球,赤血球の分化
T細胞の分化
腋リンパ節,股間リンパ節
Waldeyer環(リンパ節,扁桃,アデノイド)
脾臓,パイエル板,腸間膜リンパ節
ヒトの細胞: 60兆個
免疫細胞が2兆個,脳細胞が1000億個,
肝臓の細胞が2500億個
免疫系細胞および赤血球の分化 細網内皮系の食細胞
宿主免疫監視機構
図の左側は細胞間相互作用で異物を排除する機構。
右半分はT細胞とマクロファージ依存的な抗体産生による機構
@リンパ球(lymphocyte)
1) T細胞
胸腺(thymus)で成熟・分化し,末梢へ。
・キラーT細胞(Tk): ガンや異種細胞,感染細胞を攻撃。CD8(+)
・ヘルパーT細胞: Th1とTh2の2つがある。CD4(+)
 Th1はキラーT細胞,マクロファージ,顆粒球の働きを補助。
 また,IL2, IL12, IL3, -インターフェロン, GM-CSFを分泌。
 Th2はB細胞の働きを補助し,抗体産生を促進。
2) B細胞
骨髄でつくられ,脾臓やリンパ節で成熟・分化。
膜結合型のIgGやIgMを抗原受容体としてもつ。
Th2とマクロファージの存在下に抗原で活性化され,受容体と同じ特異性を示す抗体を産生。
3) NK細胞(natural killer cell)
非特異的にガン細胞やウィルス感染細胞を攻撃。リンパ球様の細胞。
A多形核白血球 (polymorphonuclear leucocyte)
 特有の形の核をもち,細胞内に顆粒をもつ。顆粒球(granulocyte)ともいう。骨髄でつくられるが,短命(2〜8日)。
1) 好中球(neutrophil)
分葉状の核。抗原を貪食・分解。顆粒中に加水分解酵素。炎症に関与。
2) 好酸球(eosinophil)
抗原抗体複合体を貪食。顆粒中にペルオキシダーゼをもち,脱顆粒で放出。
アレルギー性病変部に出現。
3) 好塩基球(basophil)
大型の顆粒を持つ。中にヘパリン,ヒスタミン,セロトニン,SRS-A,
PAFなどが存在。膜にIgE受容体(IgEのFcと結合)が存在。
(I型アレルギーに関与)
組織中のものを肥満細胞(mast cell)という。
B単球(monocyte)/マクロファージ(macrophage)
長寿命(数ヶ月〜数年)。血液中のものを単球,組織に住み
ついたものをマクロファージといい(細網内皮系),
種々の名前で呼ばれる。抗原の貪食,処理・提示(presentation)。
免疫細胞間の相互作用
免疫系は多くの細胞の相互作用で成立する。これには、液性因子や膜受容体間の情報のやり取りが介在する。
【情報のやり取り】
@サイトカイン(cytokine)による方法
リンパ球由来のリンホカイン(lymphokine)やマクロファージ
由来のモノカイン(monokine),白血球遊走因子(chemokine)
などが関与。
A細胞膜受容体を介する方法
細胞接着分子が関与

ヘルパーT細胞とマクロファージ間の抗原提示(左),
キラーT細胞(Tk)によるガン細胞の認識(右)
TCR: T cell receptor
抗原の断片ペプチドと結合したヒトクラスI MHC(HLA-A)の立体構造
抗原ペプチドはMHC 鎖のへリックスでできた溝に結合している。
主要組織適合遺伝子複合体(MHC)
脊椎動物の体細胞膜表面にあり,免疫学的自己を特徴づける抗原を組織適合抗原という→臓器移植の問題などに関連する。その主要な遺伝子座はclusterからなる遺伝子領域で,これを主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex, MHC)とよぶ。これらは免疫グロブリンドメインから成るタンパク質群である。
 ヒトのMHCは第6染色体に存在するHLA (human leukocyte antigen),マウスでは第17染色体のH-2である。それぞれの遺伝子には多型性(polymorphism)が見られ,同じ遺伝子座の産物でもアミノ酸配列の異なる多くの対立遺伝子産物がある*。
ヒトHLAの遺伝子領域(左)と産物(右)
(左)1つの四角が1つのタンパク質を表す。
(右)クラスIは共通の 鎖として b2-ミクログロブリンをもつ。
*MHC対立遺伝子産物
1993年の時点で,HLA-Aが24,HLA-Bが51,HLA-Cが11,HLA-DRが20,HLA-DQが9,HLA-DPが6種認定されている。それぞれのヒトは,これらの遺伝子座の対立遺伝子の特定の組み合わせをもつが,その組み合わせの数は天文学的数字になる。
免疫反応による組織障害
生体に有利に働くはずの免疫現象が,逆に不利に働く場合がある。→過敏症反応 (hypersensitivity)またはアレルギーという。
@I型アレルギー(アナフィラキシー)
・即時型過敏症(15〜30分)。花粉症,喘息,蕁麻疹,鼻炎,アトピー,ペニシリンショックなど。
・肥満細胞や好塩基球のFc受容体にIgEが結合→受容体の架橋→脱顆粒⇒毛細血管拡張,気管や気管支の平滑筋の攣縮,浮腫。
・免疫動物の血清によって同じ反応を非免疫動物に受身伝達(passive transfer)できる。
AII型アレルギー(細胞障害型)
・即時型。溶血性貧血*,再生不良性貧血*,血小板減少症*,Rh血液型不適合,橋本甲状腺炎*。 *は自己免疫疾患。
・細胞表面抗原に抗体**(IgG, IgM)が結合。 **細胞障害性抗体という

1)抗体Fc部に貪食細胞が結合し,貪食される。
2)C3bの免疫粘着作用で貪食細胞に付着し,貪食される。
3)補体の古典的経路で細胞破壊。
4)Fc受容体をもつNK細胞による抗体依存性細胞障害(andibody-dependent cellular cytotoxicity, ADCC)のいずれかで細胞が破壊される。
BIII型アレルギー(免疫複合体反応,Arthus型)
・即時型(6〜8時間)。血清病[大量の異種血清投与による発熱や腫脹],全身性エリトマトーデス(SLE), 膜性糸球体腎炎。⇒体液性免疫。
・体内で可溶性抗原と抗体(IgG)が結合

1)補体系の活性化: C3a, C5a副生→アナフィラトキシン作用(肥満細胞や好塩基球の脱顆粒⇒以下,I型と同じ症状)。白血球走化性(好中球の貪食。リソソームのプロテアーゼ放出⇒細胞障害)。C5,6,7複合体形成→近くの組織に結合→これにC8,9が結合し,組織を壊死。
2)Hageman因子の活性化→キニン系活性化→急性炎症反応の媒介因子を生成
3)血小板の凝集→血管活性アミン放出。小血栓の形成。
CIV型アレルギー(遅延型過敏症, delayed-type hypersensitivity, DTH)
・反応が遅い(24〜48時間後にピーク)。接触性皮膚炎,ツベルクリン反応,甲状腺炎,アレルギー性脳炎,同種移植拒絶,細菌やウィルスアレルギー。
・免疫血清では受身伝達不可。生きた感作Tリンパ球の移入でのみ,症状を伝達できる⇒細胞性免疫。
・以前,同じ抗原で感作されたTリンパ球に抗原が結合→リンホカイン産生(MIFやMAF)→貪食細胞を引き寄せ活性化→細胞媒介型反応(炎症)
 または,感作Tkリンパ球が標的細胞の膜抗原と接触して破壊。

抗体産生の理論

クローン選択説
Landsteinerらの人工抗原の研究から側鎖説(1900年)への反論がおきた。これに代わるものとして、指令説と鋳型説(指令説/鋳型説)が生まれた。指令説とは、抗体の合成が抗原の存在で修飾されるというもの。一方、鋳型説では、抗体のペプチド鎖が抗原を鋳型として折りたたまれるとした。
鋳型説
Burnet (1957年)は、クローン選択説を提唱。「胎生期に免疫担当細胞が対応する抗原(自己物質)に結合すると,その細胞は死滅する(アポトーシス)」。免疫寛容や自己不応答性をうまく説明できる。
クローン選択説
「生体内には,極めて多種の免疫担当細胞が存在し,どのようなパターンの抗原決定基にも対応できるだけの細胞が用意されている。特定の抗原と特異的に結合した免疫細胞(クローン)だけが増殖し,抗体産生細胞のクローンを形成し,特異的抗体を産生するに至る。」⇒特定のクローンを選ぶのは抗原そのもの。
反論→理論的に無数にある抗原や,動物が進化の過程で出会ったことのない人工抗原に対して抗体遺伝子を準備しているとは考えにくい。
⇒抗体の多様性はどのようにして実現できるのか?
 免疫グロブリンのドメイン構造
免疫グロブリンのドメイン構造と機能
@VH,LH: 抗原の認識部位。抗体の特異性を決定。抗体分子毎の一次構造の違いが大きい。
特に,3ヶ所でアミノ酸の置換率が極めて大きい→抗原と結合する領域。これを
超可変部(hypervariable region, hv1〜3)または相補性決定部位(CDR)という。
ACH部: 補体の活性化
IgGのCH1…補体C3b, C4bと結合。
IgGのCH2, IgMのCH4…補体C1qと結合。
BFc部(CH2-4): Fc受容体をもつ細胞の活性化→リンパ球、貪食細胞、好塩基球、肥満細胞

  免疫グロブリン可変部の立体構造
超可変部は抗原と結合する部位を形成している。hv-1〜3は超可変部を表す。
 抗体の多様性の謎
@動物は106〜108種の抗体をつくり得る
→106〜108種の抗体遺伝子が存在?
定常部(Fc)は同じクラスの抗体ではみな同じなのはなぜか?
A1個の抗体産生細胞は,ただ1種の特異的抗体分子しかつくらない。
→106〜108種のクローンが存在?
BB細胞の分化に伴うクラススイッチはどのようにして起こる?
クラススイッチ…表面の免疫グロブリン型受容体の変化

免疫グロブリンL鎖とH鎖超可変部のアミノ酸置換率
《免疫グロブリン遺伝子》
マウス ヒト
H鎖 12番染色体 H鎖 14番染色体
L 鎖 6番染色体 L 鎖 2番染色体
L 鎖 16番染色体 L 鎖 22番染色体
B細胞の分化とクラススイッチ
B細胞は分化とともに細胞膜表面の免疫グロブリン型抗原受容体を変化させる。
【抗体の多様性に関する2つの説】
@Germline(生殖細胞)説
胚細胞の段階で,全ての抗原に対応可能な可変域遺伝子が存在。
ASomatic mutation(体細胞突然変異)説
胚細胞の段階ではわずかの可変域遺伝子が存在。B細胞から抗体産生細胞への分化の過程で,可変域遺伝子に広範な突然変異が起き,無数の可変部を準備する。実は,この両方とも正しいことが証明された。
【免疫グロブリン遺伝子の再編成】
利根川進(バーゼル免疫研)ら (1976年):
B細胞の免疫グロブリン遺伝子領域は胚細胞のものより短い(DNA再編成)→多様な抗体産生の謎の解明。
免疫グロブリンH鎖遺伝子の再編成(rearrangement)
Sは定常部遺伝子のスイッチ領域。Hはヒンジ。膜結合型と分泌型抗体は転写レベルの選択的スプライシングによる。
生殖細胞の可変域遺伝子数
Family V gene segments
V D J
 マウス
Vλ 2 0 3
Vκ 約250 0 4
VH 約500 12 4
 ヒト
VL 約300 0 4
VH 約400 約12 約4
これら可変域遺伝子の組み合わせだけでも,多数の抗体をつくれる。さらに,V-DやD-J領域のつなぎ方のずれが生じ,つなぎ目の残基に変異が起きる。VDJ領域は第3超可変域(hv-3)に相当。ヒトの場合,つなぎ目のずれによる変異数5とすると,上の表から,300×4×5×400×12×4×5×5 = 28.8億もの抗体を準備できることになる。
L鎖,H鎖可変部の超可変部(hv1〜3)と遺伝子の関係
H鎖の第3超可変部(hv-3)におけるV/D/J組換えとタンパク質のアミノ酸配列
V とJ (L 鎖遺伝子)の遺伝子組換え信号配列
【Somatic mutationによる抗体の多様性の拡大】
B細胞が抗体産生細胞へ分化する過程で,広範な突然変異が起こる。これにより,天文学的な数の抗体を準備できる。
V/J組み換えによるアミノ酸の変異 体細胞突然変異モデル
は導入された変異。
 T細胞受容体(TCR)
T細胞表面には,抗原を認識する受容体(T cell receptor, TCR)が存在。各T細胞は異なるTCRをもつ。マクロファージなどが提示する抗原をTCRが特異的に認識する。これらも免疫グロブリンドメインから成る。
T細胞レセプターの摸式図
(左) TCRは殆どの末梢T細胞に発現。(右) TCRは胸腺や一部の末梢T細胞。どちらも,CD3と複合体形成。
マウスT細胞レセプターの遺伝子構造
遺伝子の下の矢印は転写の方向。TCRの遺伝子領域は免疫グロブリン遺伝子と良く似た構成で,TCRもやはり遺伝子の再編成によってつくられる。種々の抗原に対応できるT細胞の多様性を生み出している。

免疫化学的手法

抗体を用いる物質の検出法
・蛍光抗体法(Coonsら,1942年): 高感度で組織や細胞を特異的に染色。
蛍光抗体法の原理
・クームス(抗グロブリン)試験(Coombs,1945年): 抗Rh抗体の検出。
・ゲル内沈降法(Ouchterlony,1948年): 抗原の簡便な検出・同定法(広く利用)。
Ouchterlony法による抗原の検出
@中央の穴に抗体(抗血清),1〜6に試料(抗原)を入れる。
A抗原4と6が抗体と反応して不溶性の複合体を形成し,沈降線を与えている(右)。
・免疫電気泳動法(Graberら,1953年): 多数のタンパク質の分離・同定。
・フェリチン抗体法(Singer,1959年): 電子顕微鏡による観察を可能にした。
・酵素抗体法(Nakane & Pierce,1966年): 蛍光色素の代わりに抗体に酵素を結合し,その酵素活性を指標とする方法。免疫組織化学的検出法として発展。
抗体を用いる物質の定量法
@ 物理的方法 A 化学的方法 B 生物学的方法 C 免疫学的方法→抗原抗体反応を利用
 
免疫学的方法の特徴
 特異性: 混合物中の特定の成分だけを検出・定量可能。
 鋭敏性: 放射標識,蛍光標識抗体の利用。ラジオイムノアッセイ(RIA)や酵素イムノアッセイ(EIA)。
 精度: モノクローナル抗体(ただ一つの決定基を認識)。低分子に対する抗体。抗体試薬。
 機械化: レーザーネフェロメーター,フローサイトフルオロメーター(FACS),免疫電極。
・放射免疫定量法[radioimmuno assay,RIA](Berson & Yalow,1957年): 125I,131I標識抗体or抗原を利用。極めて高感度。
放射免疫定量法(RIA)の原理
・酵素標識免疫定量法[ELISA](Engvallら,1971年): 酵素抗体法を定量法に発展させたもの。RIAに代わる方法として,急速に進歩。感度も飛躍的に向上した。
間接ELISAによる定量法
・スピンイムノアッセイ(Stryerら,1965年): スピン標識抗原→ESRで測定。
・免疫電極(バイオセンサー): 電極に抗体を固定化→抗原の結合により電極の電位が変化。
新しい免疫学の技術
・単クローン性抗体(monoclonal antibody) タンパク質として純粋な抗体
・抗体酵素(catalytic antibody, abzyme)
有機化学反応の遷移状態中間体に類似した,安定な化合物を抗原として得られる単クローン性抗体。⇒同一または類似の反応を触媒する。基質特異性や光学選択性を示す。
(例)4-nitrophenylphosphonateに対する抗体
同基質の加水分解反応を触媒。Km=0.66 mM, kcat=1.4 min-1
抗体酵素