TCA回路はKreb's回路またはクエン酸回路(Citric Acid Cycle)とも呼ばれ,ミトコンドリアマトリックスで行われる9段階からなる環状の代謝経路である。ただし,反応段階(7)はミトコンドリア内膜の酵素複合体が実行する。
 解糖の最終産物であるピルビン酸は脱炭酸と補酵素A(CoA)との結合により,アセチル-CoAに変えられる。アセチル-CoAは脂肪酸のβ-酸化やアミノ酸の代謝からも得られる。

TCA回路の目的および存在意義は、
1. アセチル-CoAのアセチル基を酸化し,2分子のCO2に変換する
2. 水素を還元型の補酵素の形(3 NADH2+とFADH2)で捕捉する
3. アミノ酸代謝尿素回路糖新生など多くの他の経路の仲立ちをする〔代謝の交差点
ことである。目的3については,オキサロ酢酸,α-ケトグルタル酸,スクシニル-CoA,フマル酸,リンゴ酸が種々の代謝経路と密接に関連している(個々の代謝経路を参照)。解糖と異なり,TCA回路ではATPはつくられないという点に注意せよ。ここで生成した還元型の補酵素は,次の酸化的リン酸化においてはじめてATPに変えられる。TCA回路の全体の反応は次のようになる。
CH3CO-CoA + 3 NAD+ + FAD + GDP + Pi + 3 H2O → 3 NADH2+ + FADH2 + CoA-SH + GTP + 3 CO2
TCA回路の目的は
(1) アセチル-CoAのアセチル基を酸化し,2分子のCO2に変換する
(2) 水素を還元型の補酵素の形(3 NADH2+とFADH2)で捕捉する
(3) アミノ酸代謝尿素回路糖新生など多くの他の経路の仲立ちをする〔代謝の交差点


[目的1]
 アセチル基のC-C結合を直接切断するのは困難である。そこで、TCA回路の最初の反応でアセチル-CoAをオキサロ酢酸と縮合させてC6化合物(クエン酸)に変え,その後,1つずつCO2を切り離してC4化合物にする。
 結果として,アセチル基を完全に分解したことになる。
[目的2]
 8つの水素原子は3分子のNADH2+と1分子のFADH2に変えられる。また、GTP1分子も生じる。
[目的3]: オキサロ酢酸,a-ケトグルタル酸,スクシニル-CoA,フマル酸,リンゴ酸が種々の代謝経路と密接に関連している(個々の代謝経路を参照)。



 D-グルコース(解糖)やアミノ酸から得られたピルビン酸は,ピルビン酸-H+共輸送系(下左図)を通ってミトコンドリアのマトリックス内に運ばれ,CO2を放出すると共に補酵素Aと結合してアセチル-CoAになる。

 この反応を触媒するピルビン酸デヒドロゲナーゼは3種の酵素(E1〜E3)から成る超高分子量の多酵素複合体である。
大腸菌の酵素の場合,中心部はリポ酸を補酵素とするアセチル基転移酵素(E2)のサブユニット24個からなり,その周囲にはチアミンピロリン酸を含むピルビン酸脱水素酵素サブユニット(E1) 24個、FADを含むジヒドロリポイル脱水素酵素(E3)サブユニットが12個会合している。動物の酵素も同様の構成であるが,各サブユニットの数が多い。TCA回路の反応(5)の2-オキソグルタル酸デヒドロゲナーゼ複合体もこれと同じ構成をしている。


[E2サブユニット]
24サブユニットで構成
(奥の6個は書いてない)
[ウシ心筋の酵素の構成]
酵素 サブユニット 構成 個数
E1 ピルビン酸デヒドロゲナーゼ 四量体 a2b2 30
E2 ジヒドロリポアミドアセチル
トランスフェラーゼ
単量体   60
E3 ジヒドロリポアミド
デヒドロゲナーゼ
二量体   6
[大腸菌のピルビン酸脱水素酵素複合体]
E2(青)が24個, E3(赤)が12個で構成


【TCA回路の前半】
 最初の反応でアセチル-CoAをオキサロ酢酸と縮合(有機化学で言うところのClaisen 縮合)させてC6化合物(クエン酸)に変える。段階でクエン酸をイソクエン酸に変換するのは、第三アルコールであるクエン酸を、より酸化され易い第二アルコール(イソクエン酸)に変えるためである。
 段階(4)と(5)で2つのCO2が放出される。CO2として外れた炭素は,図の構造式にで示すアセチル-CoAのアセチル基由来ではない点に注意![元のアセチル基の炭素がCO2になるのは,少なくともTCA回路を1回まわった後である。]
 なお,反応(1)(4)(5)は不可逆とされているため,TCA回路を完全に逆行することはできない。
【TCA回路の後半】
 段階は、TCA回路の前半で生じたスクシニル-CoAを最初のオキサロ酢酸に戻すための経路である。段階の反応の形式が脂肪酸のβ-酸化の段階(1)(3)と全く同じであるのは面白い。


反応 酵素 DGo'
(kJ/mol)
1 クエン酸シンターゼ -31.5
2,3 アコニターゼ +6.3
4 イソクエン酸デヒドロゲナーゼ -20.9
5 2-オキソグルタル酸デヒドロゲナーゼ複合体 -33.0
6 スクシニル CoA シンテターゼ -2.1
7 コハク酸デヒドロゲナーゼ +6.0
8 フマル酸ヒドラターゼ -3.4
9 リンゴ酸デヒドロゲナーゼ +29.7
TCA回路の反応の自由エネルギー変化