解糖やTCA回路によりNADH2+やFADH2の形で捕捉された水素は,ミトコンドリアのクリステにおいて,順次エネルギーが低くなるような一連の酵素系(複合体 I〜IV)の連鎖を経て,最終受容体である酸素(O2)に渡されて水 H2Oになる。複合体 I〜IVの段階は,ミトコンドリア内膜のタンパク質や補酵素間で電子のやり取りが起こる過程であるため電子伝達系と呼ばれる。また,複合体 I, III, IV の段階では,ミトコンドリアのマトリックスから膜間スペースにH+が汲み出され,内膜を隔てて水素イオンの濃度勾配が発生する。
 このプロトン(H+)濃度勾配で生じる化学ポテンシャルを利用して,複合体V(H+輸送ATPシンターゼ)ADPとリン酸からATPを合成する。この過程は酸化的リン酸化と呼ばれ,好気的代謝の中心となる。解糖などで基質のリン酸基の転移反応によってADPからATPを合成する基質レベルのリン酸化と区別される。
 つくられたATPは,ミトコンドリア内膜に存在するADP-ATPトランスロケーターを通って,ADPと交換に速やかに細胞質へと運ばれる(対向輸送, antiport)。
 これら全過程を呼吸鎖(respiratory chain)という。解糖や発酵など酸素を必要としない嫌気的な代謝しか行わない,嫌気生物(anaerobe)に比べて,TCA回路呼吸鎖を利用できる好気生物(aerobe)はより多くのエネルギーを獲得することができる(グルコースの完全代謝を参照せよ)。




 真核生物は細胞内にミトコンドリア(Mitochondrion)という小器官をもつ。ミトコンドリアの主要な役割は細胞にエネルギー(ATP)を供給することであるが,種々の代謝系も含まれる。

[ポーリン (porin)の立体構造]
側面図(左)と真上からの図(右)
[ミトコンドリアの模式図] 分子は17本のb-シートでつくられる大きなカゴの形をしている。
中央の穴を通って色々な分子が通る。
 ミトコンドリアには,外膜(outermembrane)と内膜(inner membrane)の2枚の膜がある。外膜にはチャネルを形成するポーリン (porin) という大型のタンパク質があり、かなり大きな分子もこのチャネルを通って膜を出入りできる。また,アドレナリンの酸化、トリプトファンの分解、脂肪酸の伸長などが行われる。対照的に,内膜は透過性の悪い膜で,イオンを通さず,極めて選択性に富んでいる。内膜には呼吸鎖の酵素系や輸送タンパク質がびっしりと敷きつめられ,膜重量の70〜80%を占めている。
 外膜と内膜の間を膜間腔または膜間スペース(intermambrane space)といい,ミトコンドリアの機能に重要な働きをしている。内膜はさらにひだ状に内側に入り組んでクリステ(criatae)を形成している。大部分の生物のクリステは平板状をしているが,管状やうちわ形のクリステをもつ生物もいる。内膜で包まれたミトコンドリアの内部をマトリックス(matrix)という。マトリックスには高濃度(500 mg/ml)の水溶性タンパク質が存在し,尿素回路(肝臓),TCA回路脂肪酸のb-酸化などが行われる。



 呼吸鎖前半では,2個の水素の伝達体として,フラビン類やキノン類が利用される。また,後半では電子伝達体として,非ヘム鉄(Fe-S),ヘム鉄,銅イオンなどが利用される。
[FMN(フラビン類)とユビキノン(CoQ)の酸化型と還元型]
これらは水素と電子の授受に関与する。
FMNのリン酸基にアデノシンが結合したものがFADである。
複合体IにはFMNが含まれ,NADH2+の水素と電子を受け取る。
ユビキノンは補酵素Q(CoQ)と呼ばれ,複合体IやIIからの水素と
電子を受け取る。


[[鉄−硫黄クラスター(Fe-S)] 4Fe-4S]型タンパク質(Fe-S)の例
無機の鉄イオン(Fe2+/Fe3+)と硫化物イオン(S2-)からなる錯体で構成される。鉄イオンはシステイン残基を介してタンパク質に結合している。 [4Fe-4S]クラスターはタンパク質の内部に埋もれている。

 一部の絶対嫌気生物を除き,シトクロムは全生物に存在。酸化還元酵素でヘムに結合した鉄イオンのの変化で電子を運ぶ。
Fe3+ + e- → Fe2+
ヘムの型により,a型,b型,c型の3種に分類される。
a型: 長いイソプレン鎖がつき,ホルミル基がある。
b型: ヘモグロビンと同じヘムである。
aとb型は2個のHis残基がFeの第5,6位に配位結合している。
c型: ヘムの側鎖がタンパク質のCys残基に共有結合している。
HisとMet残基がFeの第5,6位に配位結合している。
<
[シトクロム類の吸収スペクトル]
シトクロムには特徴的な3つの吸収ピークa, b, g (soret帯)がある。



 還元型補酵素NADH2+やFADH2の水素を酸化するために,呼吸鎖では多くのタンパク質複合体が関与する。
* 複合体 IIはTCA回路のの酵素と同一物である。
  酵素名 [成分] kDa Subunits
複合体I NADH-補酵素Qレダクターゼ
 FMN, (Fe-S)N-1a, (Fe-S)N-1b, (Fe-S)N-2,
 (Fe-S)N-3,4, (Fe-S)N-5,6
1000 42
複合体II* コハク酸-補酵素Qレダクターゼ
 FAD, (Fe-S)S-1, (Fe-S)S-2, (Fe-S)S-3,
 シトクロムb-560
127 5
複合体III 補酵素Q-シトクロムcオキシドレダクターゼ
 シトクロムbK, シトクロムbT, (Fe-S),
 シトクロムc1
280 11
複合体IV シトクロムオキシダーゼ
 シトクロムa, CuA, CuB, シトクロムa3
400 13
複合体V ATP シンターゼ
 F0:DCCD-結合タンパク質他
 F1a3b3gde
380 12-14
《ポイント》
・複合体T〜Wは還元型補酵素の2Hを酸素で酸化するときのエネルギーを利用して,H+をマトリックスから膜間スペースに汲みだすポンプ。
複合体Xは膜間スペースからマトリックスへのH+の流れを利用してATPをつくるポンプ。
[呼吸鎖の全体像]
 複合体IからIVまでの過程が電子伝達系である。図の赤い細線は2個の電子の流れを示している。複合体T,V,Wで合計10個のH+が複合体の隙間を通って膜間スペースへ運ばれる。
 複合体IVで2個のH+が膜間スペースへ汲み出されるように書いてあるのは,マトリックス側で2個のH+が消費されるので,差し引き2個のH+がマトリックス側から膜間スペースへ汲み出されたのと同じ効果を与えるからである。
 呼吸鎖を構成するタンパク質や補酵素群のほとんどは内膜に埋め込まれて存在するが,シトクロムは膜表面に結合している。
NADH2+として運ばれた水素は複合体 I から膜間スペースへ移動し,同時にユビキノン(補酵素Q)へ2個の電子が渡される。一方,FADH2として運ばれた電子も複合体 II からユビキノン(補酵素Q)へ渡される。還元型ユビキノンの水素は複合体IIIとの連鎖で2H+として外れて膜間スペースへ移動する。同時に,電子は複合体IIIに渡される。
 複合体IIIに渡された電子はミトコンドリア膜表在性のシトクロムcを経て複合体IVに送られる。複合体IVは,還元型シトクロムcを酸化し,生じた電子がO2分子に渡される。1/2分子のO2がマトリックス内の2個のH+と結合すると1分子の水がつくられる(実際は4電子で水2分子が生成する)。
 複合体T,V,Wで合計10個のH+が複合体の隙間を通って膜間スペースへ運ばれる。これによって生じるH+の濃度勾配が内膜をはさんでの膜電位を生み出す。



電子伝達系の構成成分と標準還元電位
 呼吸鎖の電子伝達系に関与する化合物の標準還元電位(DEo)の値は代謝総論の酸化還元反応の熱力学の項を見て下さい。
 複合体(別名) タンパク質他 Eo' (V)
NADH   -0.315
複合体I
(NADHデヒドロゲナーゼ)
FMN
(Fe-S)N-1a
(Fe-S)N-1b
(Fe-S)N-2
(Fe-S)N-3,4
(Fe-S)N-5,6
?
-0.380
-0.250
-0.030
-0.245
-0.270
コハク酸   +0.030
複合体II
(コハク酸デヒドロゲナーゼ)
FAD
(Fe-S)S-1
(Fe-S)S-2
(Fe-S)S-3
シトクロムb560
-0.040
-0.030
-0.245
+0.060
-0.080
CoQ   +0.045
複合体III
(シトクロムbc1)
シトクロムbK
シトクロムbT
(Fe-S)
シトクロムc1
+0.030
-0.030
+0.280
+0.215
シトクロムc   +0.235
複合体IV
(シトクロムcオキシダーゼ)
シトクロムa
CuA
CuB
シトクロムa3
+0.210
+0.245
+0.340
+0.385
O2   +0.815
電子伝達の反応
 複合体I〜IVの過程では,多くのシトクロム系の鉄タンパク質や他の金属酵素が関与し,電子の授受を行う。この過程は電子のやり取りだけで反応が続いていく。
複合体I
NADH2+ FMN Fe2+S CoQ
NAD+ FMNH2 Fe3+S CoQH2
複合体II
コハク酸 FAD Fe2+S CoQ
フマル酸 FADH2 Fe3+S CoQH2
複合体III
CoQH2 Cyt b ox Fe2+S Cyt c1 ox Cyt cred
CoQ Cyt b red Fe3+S Cyt c1 red Cyt cox
複合体IV
Cyt c red Cyt a ox Cyt a3 red O2
Cyt c ox Cyt a red Cyt a3 ox 2 H2O
図中の着色部分はミトコンドリア内膜で強固に結合した複合体成分を表す。
複合体I
 NADHデヒドロゲナーゼやNADH-CoQレダクターゼともいう。複合体IはNADHの2つの水素と電子をCoQに渡す。
NADH + H+ + CoQ → NAD+ + CoQH2  DGo' = -71 kJ/mol
複合体Iを電子が通過すると,4つのH+が膜間腔へ運ばれる。複合体Iは42のサブユニットから成る複雑な構成のため,研究は遅れている。7つのサブユニットはミトコンドリアゲノムにコードされている。フラビン(FMN)酵素や少なくとも6つのFe-Sを含む。CoQは膜内を自由に動き回れる。複合体Tを電子が通過すると,4つのH+が膜間スペースへ運ばれる。複合体Iはロテノンやアミタールで阻害される。
複合体II
 コハク酸デヒドロゲナーゼやコハク酸CoQレダクターゼともいう。複合体IIはコハク酸からCoQに2つの水素と電子を渡す。
FADH2 + コハク酸 + CoQ → FAD + CoQH2 + フマル酸  DGo' = -2.9 kJ/mol
複合体IIは,共有結合したFAD,シトクロムb560,[4Fe-4S]クラスター,2つの[2Fe-2S]クラスターを含む(TCA回路の酵素である)。

[コハク酸デヒドロゲナーゼの立体構造]
複合体III
 シトクロムbc1やCoQ-シトクロムcレダクターゼともいう。複合体Vは還元型CoQからシトクロムcへの電子の受け渡しをする。複合体TまたはUからの電子はCoQに渡され,次いで,複合体V内のヘムbK, ヘムbT,[2Fe-2S]クラスター,ヘムc1へと移動し,最後にシトクロムcに渡される。
CoQH2 + 2 cyt c(Fe3+) → CoQ + 2 cyt c(Fe2+) + 2H+  DGo'= -41 kJ/mol
複合体Vでの電子伝達はアンチマイシンA (Antimycin A)で阻害される。

 複合体Vは2種のヘム(bK, bT)をもつシトクロムb,シトクロムc1,[2Fe-2S]クラスター,CoQ結合タンパク質,コアタンパク質などから成る。








構成
橙色の矢印は電子の移動方向を表す。 [複合体IIIの構成と電子の移動]
1対の電子が複合体を通過する間に,4つのH+が膜間腔に汲み出されるこの機構は「Qサイクルモデル」とよばれ,次のようである。
Qサイクルモデルでは,2分子のユビキノール(QH2)がQに酸化され,膜間スペースへ4個のプロトン(H+)(QH2由来)が移動する。ここでは,膜間スペース近くに位置するユビキノール(これを(a)とする)と,マトリックス側に位置するユビキノール(これを(b)とする)の2つが関係している。反応は2つの段階からなる。
●1段階目: QH2(a)が[2Fe-2S]タンパク質経由で電子1個をシトクロムcに渡してQ(a)に酸化され,もう1個の電子をシトクロムbL-bH経由で別のQ(b)に渡して1電子還元してQ・-(b)(ラジカル)にする。
 QH2(a) + Cyt c1(Fe3+) → Q・-(b) + 2H+(膜間スペース)+ Cyt c1(Fe2+)
●2段階目: 同様にして,2つめのQH2(a)がQ(a)に酸化されて2つのプロトンは膜間スペースに汲み出され,また,Q(b)がQ・-(b)になる。
Q・-(b)はマトリックスからの2個のH+を結合してQH2(b)となる。
 QH2(a) + Q・-(b) + 2H+(マトリックス)+ Cyt c1(Fe3+) → Q(a) + QH2(b) + 2H+(膜間スペース)+ Cyt c1(Fe2+)
●全体の反応式は
 QH2 + 2Cyt c1(Fe3+)+ 2H+(マトリックス)--> Q + Cyt c1(Fe2+) + 4H+(膜間スペース)
となる。従って,これら2つの過程では4つの電子が関与するが,最終的にシトクロムcに渡されるのは2電子で,残りの2つはQ(b)に渡され,QH2(b)を生成する。これをQサイクルという。
シトクロムc
 シトクロムcはミトコンドリア内膜の膜間スペース側に表在する可溶性タンパク質で,複合体IIIのシトクロムc1と複合体IVに交互に結合して1つずつ電子を運ぶ。
cyt c(Fe3+) + e- 4 cyt c(Fe2+)


[シトクロムcの構造]
ヘムはタンパク質の内部に埋もれている。
複合体IV
 複合体を通常,シトクロムcオキシダーゼと呼ぶ。シトクロムcから複合体IVに渡された電子は,電子伝達系の最終受容体である酸素(O2)に渡され,水が生じる。
4 cyt c(Fe2+) + O2 + 4H+ → 4 cyt c(Fe3+) + 2H2O  DGo'= -110 kJ/mol
複合体IVを電子が通過すると,2つのH+が膜間スペースへ運ばれる。
 複合体IVは13個のサブユニットからなる集合体の二量体で,O2を還元するほかに,内膜を横切ってH+を移動させる働きをもつ。下の図には触媒サブユニットIとIIだけが描かれている。サブユニットIには2つのヘムaa3,および1つの銅イオン(CuB)が存在する。サブユニットIIには2つのCys残基と2つのHis残基に配位した2つの銅イオン(CuA)が存在する。
 電子の授受は,Fe3+ + e- Fe2+とCu2+ + e- Cu+の変化を利用している。
[シトクロムcオキシダーゼ(複合体IV)の作用機構]
赤い太線矢印は,2個の電子の流れを示す。
複合体IVの作用機構
  1. シトクロムcから2個の電子がサブユニットIIに結合した2つの銅イオン(CuA)に渡される。
  2. これらの電子はサブユニットIのヘムaのFea3+に渡される。
  3. 電子の1つは,さらに銅イオン(CuB)に渡される。もう1つの電子はヘムa3のFea3に渡される。
    Fea33+ + CuB2+ + 2e- → Fea32+ + CuB+
  4. 2個目の電子が渡されると,酸素分子O2がヘムa3に結合する。酸素は2電子還元される。
    Fea33+-O=O-CuB+ → Fea33+-O-−O--CuB2+
  5. 同様にしてさらに3番目の電子が取り込まれると,マトリックスからH+が取り込まれる。
    Fea33+-O--OH...CuB2+
  6. 4番目の電子が渡されるとマトリックスからさらにH+が取り込まれO−O結合が切れる。
    Fea33+-OH...CuB2+-OH- (ヒドロキシ中間体)
  7. さらに2つのH+が付け加わり,2分子のH2Oが遊離する。
    Fea33+-OH...CuB2+-OH- + 2H+ → Fea33+ + CuB2+ + 2H2O

--複合体V (H+輸送ATPシンターゼ)によるATP合成--


 P. Mitchellによって提案された(1961年)。電子伝達系の過程で,複合体 I, III, IVはマトリックス側から膜間スペースへプロトン( H+)を汲み出す。この結果,ミトコンドリア内膜を隔ててH+の濃度勾配が生じる。電子伝達で放出されたエネルギーは電気化学的ポテンシャル(DmH+)として蓄えられることになる。また,ミトコンドリア内膜はイオンを通さないため膜を隔てて電荷の分離が起き,膜の両面に膜電位という電位差DΨが生じる。
 DmH+は次の式のように,濃度勾配による自由エネルギーと膜電位によるエネルギーの和で表される。
   ΔμH+ = RTln([H+]in/[H+]out) + ZFDΨ
Fはファラデー定数。このDmH+による膜間スペースからマトリックスへのH+の流入による自由エネルギーがATP合成に利用される。3個のH+が複合体Vをマトリックス側に移動する時,浸透圧的エネルギーが化学的エネルギーに変換され,ADPとリン酸から1分子のATPが合成される。このように,NADH2+やFADH2の酸化と共役したATP合成の仕組みを酸化的リン酸化(oxydative phosphorylation)という。

 ATP合成酵素は,ミトコンドリア内膜を貫くFoサブユニット*と,それに結合してマトリックス側にのびたF1サブユニットで構成される。哺乳類のミトコンドリアは通常,約15,000個のATP合成酵素をもつ。 *oはオリゴマイシン(oligomycin)からきている。オリゴマイシンはFoに結合して H+輸送チャネルを閉じる。
[酸化的リン酸化の模式図] [呼吸鎖の複合体V (ATP合成酵素,H+-ATPase)のモデル図]
電子伝達系の過程でマトリックス側から膜間スペースへ汲み出されたH+は,ATP合成酵素複合体のFoを通ってマトリックス側に入る。この濃度勾配の解消(発エルゴン変化)の自由エネルギーを利用して,ATP合成酵素複合体のF1(ATP合成酵素)はADPとリン酸からATPを合成する。
膜貫通部Foはサブユニットa, b, cから成り,内膜を貫通する。Foはab2c10の構成をとる。aはH+チャネルを形成する。a,bは膜に固定されているが,cはH+の駆動力を利用して膜内で回転する。F1部のg鎖はサブユニットcと結合しており,cが回転することによりg鎖も回転する(中央図)。酵母のATP合成酵素モーター(右図)。
膜間スペース

マトリックス
Foのサブユニットaはプロトンのhalf-channelとなっている。膜間スペースからのプロトンの流入でサブユニットc10は回転する。10個のプロトンの移動で一回転すると,これに連結されているFg鎖が回転し3分子のATPがつくられることになる。 [ATP合成酵素Foの回転」

[ウシ心筋ミトコンドリアのATP合成酵素F1の立体構造]
図の上方がマトリックス側。F1abサブユニットの6量体,その中心を 貫くgサブユニットおよび1つずつのd, eサブユニットから成る。 各abサブユニットにはADPが結合しているが,触媒反応中の 酵素ではこれと異なる。 ATP合成活性を示すのはb鎖である。
各サブユニットに結合した6個のADPが擬似対称的に配置されている。6個のサブユニットの中央を貫いて いるg鎖は非対称的で,これが回転するとb鎖の立体構造が変化する。g鎖の回転位置の具合で3つのb鎖 の立体構造はそれぞれ異なる。また,e鎖はATP結合能を持つタンパク質で,図では球状の構造で書かれているが,ATP合成時には立体構造が大きく変化し,縦長のコンフォメーションになる。

 H+がチャネルを通過するとサブユニットcが回転する。その結果,cと結合しているg鎖が回転する。g鎖は非対称的であるため固定されたb鎖と衝突し,その立体構造を変化させる。b鎖はADPやATPに対する親和性が異なる3つの立体構造をとる。
1.O(オープン)状態: 基質と結合しない構造
2.L(ルース)状態: 基質と弱く結合する構造
3.T(タイト)状態: 基質と強く結合する構造
 b鎖はこれらの構造を交互にとりながら,ADP + PiをATPに変える。
H+が膜間腔からマトリックス側へ移動するごとに,g鎖は120°回転する。それにつれて,b鎖の立体構造は1つの状態から次の状態に変化する。
 H+が移動してg鎖が1回転する毎に,1つのb鎖あたり1分子のATP,つまり全部で3分子のATPがつくられる。このような形式の触媒を,回転触媒という。H+輸送ATPシンターゼによるATP合成機構は,葉緑体(クロロプラスト)高度高塩菌の紫膜におけるATP合成と大変よく似ている。
[触媒サブユニットの立体構造変化とATP合成機構]
サブユニット1つあたりで考えると,
1. H+の移動により,O状態のサブユニットがL状態に変化する。
2. 基質に対する親和性が増加し,ADPとPiが結合する。
3. 2つ目のH+の移動により,L状態のサブユニットがT状態に変化する。
4. 高い親和性のサブユニット上で,ADPとPiがATPに変化する。
酵素結合型(ADP + Pi)  酵素結合型(ATP + H2O), DGo = 0
この反応の平衡定数は約1 (DGo = 0)である。従って,この段階に特にエネルギーを必要としない。
つまり,H+の移動によって生じるエネルギーは酵素の活性部位と基質との親和性を変化させるために使われていること になる。
5. 3つ目のH+の移動により,T状態のサブユニットがO状態に変化する。
6. 基質との親和性を失ったサブユニットはATPを放出する。これを繰り返す。

 複合体I〜IVにおける発エルゴン反応とATP合成の連関を,化学浸透共役(chemiosmotic coupling)と呼ぶ。しかしながら,電子伝達系と酸化的リン酸化はそれぞれ独立の機能単位で行われるため,2,4-ジニトロフェノールやバリノマイシンのような酸化的リン酸化特異的な阻害剤はATP合成のみを阻害する。このような物質を脱共役剤(アンカプラー, uncoupler)という。脱共役剤は電子伝達系には影響を与えない。

2,4-ジニロトフェノールは疎水性の弱酸で,H+運搬体として膜を通過し,H+勾配を解消する。
一方,バリノマイシンは陽イオン運搬体として同様の作用をする。

  呼吸鎖によって還元される酸素1原子当りの作られるATPの数P/O比と呼ぶ。酸化的リン酸化のP/O比は1940〜1950年代に研究され,その値は整数であるとされていた。しかし,化学浸透説からはP/O比は整数である必要はなく,1980年代以降のプロトン輸送の研究からP/O値は小数であるとの結果が多数を占めた。多くの研究をまとめると,NADH関連基質を用いた場合のP/O比は2.5,コハク酸の場合は1.5という数値が一般的のようですが,まだ議論の余地があり,この数値はP/O比の最大値とみなしたほうが妥当かもしれません。さらに,ATPシンターゼの最近の構造研究から、H+/ATP比さえ整数(=3)でないかもしれないとの示唆も有ります。

NADH → 2.5 ATP
FADH2 → 1.5 ATP

 このように,P/O比が整数とならない理由として,ミトコンドリア内膜からのH+の漏出,リン酸の共輸送へのH+の利用,その他の物質の輸送へのH+の利用などが挙げられる。
P. C. Hinkle, P/O ratios of mitochondrial oxidative phosphorylation. Biochim. Biophys. Acta, 1706, 1-11 (2005).



 大腸菌のような酸素呼吸を行う細菌はミトコンドリアをもたないが,呼吸鎖は存在する。ミトコンドリア内膜に相当するのが細胞膜であり,そこにはミトコンドリアの複合体I〜IVに相当する酵素群やFoとF1で構成される複合体Vもある。電子伝達系で細胞質中のH+は細胞外へ汲み出される。細胞内外のH+の濃度勾配で生じる化学ポテンシャルを利用して,ATP合成を行うのも同じである。ただし,合成されたATPは,当然のことながら,細胞内にとどまる。
[大腸菌の呼吸鎖]


 ミトコンドリアでは,プロトン濃度勾配は主としてATP合成に使用されるが,他の物質の輸送にも利用される。プロトン濃度勾配のために,内膜のマトリックス側は負,膜間腔側は正に荷電している。H+の移動によってADPやリン酸がマトリックスにとり込まれるのに伴い,より高い負電荷をもつATPは外に吐き出される。この輸送のために1個のH+が必要であるため,酸化的リン酸化でATPをつくるには結局,4H+が必要となる。
  [ADP-ATPトランスロケーター]  [リン酸トランスロカーゼ]
 また,ミトコンドリア内で必要な核にコードされたタンパク質が,ミトコンドリア外膜(OMM)や内膜(IMM)を通過する際にも,H+濃度勾配のエネルギーが利用される。ミトコンドリアからH+の漏れがあることも知られてきた。この漏れは自由エネルギーを熱に変えてしまう。